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poziomkaとポーランドの人々

2006年 06月 30日 ( 1 )

ポズナン暴動50周年

1956年6月28日、ポズナンで暴動が起こりました。それは、労働者が待遇改善を求める普通のストライキ運動だったそうですが、それが反ソビエト運動、反スターリン運動へ、そして暴動へと発展し、多数の死傷者を出しました。50人以上の死者が出たと言われていますが、今日まで正確な死者数は分かっていないようです。
道には戦車が行き交い、銃弾が飛び交ったそうです。

このポズナン暴動がきっかけとなって、反ソビエト・反共産主義運動が盛んになり、ひいては東欧に民主化をもたらすことになったわけです。

そんなポズナン暴動から50年、ということで、昨日(6月28日)には記念式典が行われました。

場所はポズナン暴動慰霊碑のあるアダム・ミツキェヴィチ広場です。
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(左は詩人のアダム・ミツキェヴィチ像、右がポズナン暴動慰霊碑です。「1956」と書かれているのが見えるでしょうか?この写真は別の日に撮影したものです。)

この式典に先立って朝9時から暴動(ストライキ)が始まった場所とされる、市電車庫前の記念碑前で30分ほどの式典が行われていました。この場所はちょうど私の住んでいるところのすぐ近くです。(木で少し隠れて見えづらいですが、右の方に式典を行う方々の姿が、左の方にはそれを見に来た方々の姿が見えます。)
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こちらがその記念碑です。↓
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(「25周年記念の日に ― 1981年6月28日 ポズナン」と書かれています。)

その後、午前11時頃から式典に先立ってミサが行われました。
私達はちょうど買い物に出掛けるので、そのミサの時間にここを通りがかりました。
思ったより人は少なかったですが、それでも通行止めにされた道路いっぱいに人があふれていました。
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こちらが正面です。お話をしている司祭様の姿が見えるでしょうか?
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こちらが、正面左側に設置された画面。
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このミサの後、ポーランドのカチンスキ大統領、マルチンキェヴィチ首相、上院議長、下院議長、ドイツ、チェコ、ハンガリーなどからも大統領、首相などがいらっしゃって、記念式典が盛大に行われました。
私はこの様子をテレビで見ましたが、なかなか立派な式典でした。

この日も含めて、ここ数日、このポズナン暴動に関連する番組がいろいろ放送されていて、私も少し見ました。
今までは、「ポズナン暴動」という歴史的な出来事があったということを知っていても、具体的にどのような感じだったのかというのを知りませんでした。
実際に暴動に加わった人の話をいろいろと聞いて、いかに悲惨な出来事だったのかを知りました。死傷者の多くが20歳前後だったということも、生き残った人も警察に捕まって大変な苦労をされたことも知りました。

そういう時代だったといえば、それまでですが、こういう悲しい出来事を乗り越えてこそ今のポーランドがあるのだなと考えさせられた1日でした。


この記念式典に関するホームページをリンクしておきます。
Poznan 56 - 50 rocznica powstania poznanskiego czerwca (ポズナン1956―6月ポズナン暴動50周年記念日)


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by poziomka | 2006-06-30 02:08 | ニュース | Comments(4)