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poziomkaとポーランドの人々

コペルニクスの墓発見!

昨日11月3日に驚くべきニュースが飛び込んできました。
ポーランドが誇る偉大なる天文学者、コペルニクスの頭蓋骨を発見したと言うのです。

テレビでは、その頭蓋骨を元にコンピュータで復元した「老人」の顔を映し出していましたが、なるほどよく見るコペルニクスの肖像画によく似ています。しかも、70歳で亡くなったはずなのに驚くほど歯がしっかりしていてほぼ全部あったそうです!
やはり長生きの秘訣は丈夫な歯にあるのだなあ、と妙に感心してしまいました。

さて、今朝になって日本でもニュースになっているのかな、とインターネットで少し調べてみましたが、これとかこれくらいしか載っていませんでした。

それで、ポーランドの新聞記事(といってもインターネット上からですが。)をご紹介することにしました。せっかくの大ニュース。写真付きで是非皆様にも読んで頂きたいと思いまして。
これがその記事です。
Naukowcy przekonani, że odkryli grób Kopernika (コペルニクスの墓を発見したと学者ら確信)

この記事を翻訳してみたのでよろしければお読みください。(一部サイト内の記事が更新され、私が訳した時と若干文章が違っているところがございますが、ご了承ください。)
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コペルニクスの墓を発見したと学者ら確信

マチェイ・センダツキ(Maciej Sandecki)、グダンスク(Gdańsk)、2005年11月3日、最終更新2005年11月3日19時27分

考古学的大発見!学者らはニコラウス・コペルニクス(訳注:ポーランド名はMikołaj Kopernik(ミコワイ・コペルニック))の骨片を発見し、彼の70歳当時の顔を復元した。学者らは「97%の確立でこれは天文学者の骨と言えるだろう」と発表している。

ミコワイ・コペルニックはこのような顔だった。(訳注:この訳に相当する文章をクリックすると(この訳文でも構いません。)様々な角度からのコペルニクスの復元肖像が見られます。左の数字をクリックしてみてください。)

これは、ポーランドのここ数年の中では最も壮大な考古学的発見である。「1年以上前、ヴァルミア(Warmia)地方のヤツェク・ヤジェルスキ(Jacek Jezierski)司教がミコワイ・コペルニックの墓を発掘してくれるよう願い出た時、それは無理なことのように思えました」とプウトゥスク(Pułtusk)人文科学大学民俗学部長であり、墓を探していた学者グループの主任でもあるイェジイ・ゴンソフスキ(Jerzy Gąssowski)教授は認めた。「しかし、司教は相変わらず説得し続けたので、私も根負けしたのです」

コペルニックは1473年に生まれ、1543年に亡くなった。この有名な天文学者の墓は既に1930年代にドイツ人らが探していた。発掘することで死後400年祝賀を際立たせる為である。その後、ポーランドの学者らが行った。今度は生誕500年を祝う為である。しかし何の発見もなしに終わった。再び捜索が始まったのは1年前のことである。考古学者らは、コペルニックの墓はフロムボルク(Frombork)にある大聖堂内のどこか、それも十中八九、聖十字架祭壇の下のコペルニックの司教座聖堂参事会員祭壇の辺りだと分かっていた。司教座聖堂参事会員は、自分が担当していた祭壇の下に葬られるという習慣があったのである。地中レーダーで大聖堂の床を照らし、そのおかげで、全ての墓の映像を手に入れることができた。それは様々な時代の墓であったが、骨は混ざってしまっていた。

それでは、どうやってコペルニックの骨片を見つけたと分かったのだろうか?

・コペルニックと同時代に亡くなった男性のものであったから。

・コペルニックは70歳まで生きたから。それは彼の時代では稀なことであり、残っていた骨はちょうどそれくらいの年齢の人物に相当する。聖十字架祭壇の下で考古学者らは同じ年代のもう一つの骨片を見つけたが、それはアンジェイ・ゴンショロフスキ(Andrzej Gąsiorowski)のものであったことが、墓石に書かれた名前から分かった。

・3つ目の印、それは頭蓋骨、特にゆがんだ鼻だった。「残されているコペルニックの肖像画からは鼻の骨が折れた形跡があり、軽く顔の左の方へゆがんでいることが見て取れます」と、この発掘捜査の最終段階を指揮する民俗学者カロル・ピャセツキ(Karol Piasecki)教授は言う。「コペルニックは7歳から12歳の間に何らかの事故にあったということさえ言えます」

ここ数ヶ月の間に見つけられた頭蓋骨は、ワルシャワの警察本部中央刑事試験所(仮訳)(Centralne Laboratorium Kryminalistyczne Komendy Głównej Policji)の専門家らが従事していた。そしてその頭蓋骨を元に既に年老いたコペルニックの顔を復元したのである。

学者らは骨片が天文学者のものであるという100%の確信は持てないと常に強調している。確信を持てるとすれば、コペルニックの叔父であり、ヴァルミア地方の司教であったウカシュ・ヴァツェンロデ(Łukasz Watzenrode)の墓の発見した時だろう。そうすれば両者のDNAを比較することができるのである。「もしそのような確信が持てるのであれば、フロムボルクの大聖堂でミコワイ・コペルニックのためにもう一度葬式を開き、きちんと墓石を立て、墓のことを覚えておくことにしましょう」ヴァルミア地方のヤツェク・ヤジェルスキ司教は話した。
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この記事についてのご感想など頂けると嬉しいです。
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Commented by sweet-buchan at 2005-11-05 13:36
コペルニックは外国でなくなったのだと思っていました。
ポーランドにお墓があったのですね~(誰と勘違いしてたのかな?)

地中レーダーで床を照らすってすごいですね。
祭壇の床を掘り返したのですか?それとも祭壇の下に地下室のようなものがあったのでしょうか?

頭蓋骨から顔を復元できるなんて、科学の力はすごいですね。
なぜかリンクされたページは見えなかったのですが、あとからもう一度リンク先に行ってみたいと思います。

いつか、
>フロムボルクの大聖堂でミコワイ・コペルニックのためにもう一度葬式を開き、きちんと墓石を立て、墓のことを覚えておくことにしましょう
になるといいですねー
Commented by poziomka at 2005-11-08 00:59
buchanさん、
コペルニクスが生まれた所もお墓があったところもコペルニクスの時代にはドイツ領だったところですから、もしかしたらそれで「外国」と思われたのかも?

祭壇の下を掘り起こしていた映像を見たような気もします。
復元されたコペルニクスの顔は見られましたか?リンクは何度も確認したので見られるはずなのですが・・・。
見られなかったらお知らせくださいね。
Commented by フデ at 2005-11-08 22:56 x
 コペルニクスって地動説を初めて唱えた方でしたっけね。
若いときの顔はよく見るのですが、年取った顔の復元は誰かと思いました。でもかっしりしたあごや鼻は若いときにそっくりですね。
今時の技術はすごいですね。
 ポーランドの友人が最近、トルニ市のコペルニクスの家(博物館?)の写真を先月送ってくれていたので特に興味深く読みました。
Commented by poziomka at 2005-11-09 20:37
フデさん、
そうです。コペルニクスは地動説の方です。
あの復元図と若い頃の肖像画を比べるとやっぱりこの頭蓋骨はコペルニクスのものだったのだろうと思えますよね!

トルンのコペルニクス博物館(コペルニクスの生家だそうです。)には私も何回か行ったことがありますよ。何回行っても楽しめます。トルンにはプラネタリウムもあり、コペルニクスの生誕地でプラネタリウムを見られるのはちょっとした感動でした。プラネタリウムへ行ったのは大学生の頃だったので、今もあるのかは??ですが。まだあるようだったらまた行ってみたいです。
Commented by sweet-buchan at 2005-11-20 22:03
コペルニクスの復元図、見ることが出来ました!
復元図なのに、髪の毛が薄くてちょっとかわいそうな気がしました^^
とってもリアルですね~!!
Commented by poziomka at 2005-11-23 02:08
buchanさん、
復元図見られましたかー!よかったです♪
確かに、復元図だから髪の毛の量は分からないですよね(^^;)
この時代の70歳ですから、本当は髪の毛なんてなかったかも?!
by poziomka | 2005-11-05 01:49 | ニュース | Comments(6)